「野球は頭でするもんじゃない。体でするもんだ!」長嶋茂雄の名言と私の体験

2025年7月14日月曜日

Geshio 長嶋茂雄

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「野球は頭でするもんじゃない。体でするもんだ!」
──長嶋茂雄の真髄と私の体験

長嶋茂雄という存在は、単なる野球選手という枠を超え、もはや“生きるスポーツ文化財”だと言っても過言ではない。
彼の残した数々の名言の中でも、特に心に残るのがこの一言だ。

「野球は頭でするもんじゃない。体でするもんだ!」

理屈を超えた感覚。考える前に動く。──この言葉には、彼の野球観、人生観、そして日本人が大切にしてきた“身体性”が詰まっている。

◆ 私自身の経験から見えた「頭でやる限界」

私は学生時代、地方の弱小高校の野球部でプレーしていた。実力はそこそこ、勉強は得意。だからこそ、プレー中も“考えすぎる”タイプだった。

「このピッチャーは前の打席でスライダーを投げてきたから…」「次は外角かな」「監督は送りバントさせたいのか?」──そうして頭が忙しくなりすぎて、スイングのタイミングが一拍遅れる。足も遅れる。結果、打てない。走れない。

そんな時、野球部の主将がこう言った。

「お前、考えすぎて固まってるぞ。まず動け。体で覚えろ。体に聞け。」

その言葉でハッとした私は、それまでの“頭でやる野球”を一度手放した。練習では繰り返し、ただ打つ。走る。捕る。とにかく体に叩き込んだ。
そして、ついにある日「考える前に体が動いた」瞬間が訪れた。三遊間のゴロに反応してダイビング、アウトを取ったとき、私は涙が出るほど嬉しかった。

◆ 長嶋茂雄が伝えたかった「感覚」の重要性

長嶋さんはデータや理論ではなく、「感じる野球」「表現する野球」を体現していた。彼はプレーを「芸術」として見ていたのだと思う。

守備では打球に対してステップを数えるより、「ピンと来てパッと行く」。
打撃では「腰が入ったか」「音がどうか」「体が伸びたか」。すべてが感覚ベースだった。

だからこそ、彼は「野球は頭じゃない、体なんだ」と言った。

◆ 現代野球とこの言葉のギャップ

今の野球界はデータが全盛だ。投球回転数、打球角度、バレルゾーン……。数字で野球を語れる時代になった。

だが、データを操る選手の中にも、最後に勝つのは「体に染み込んだ感覚」だと信じる者たちがいる。
感覚と理論、両方を使いこなすのが理想だが、その土台はやはり「体の感覚」だ。

◆ ライターとしての私と「体で書く」感覚

これは野球に限らない。私は今、文章を書く仕事をしているが、頭で考えすぎると全く書けないことがある。構成、SEO、文法、正確性……考え出すと指が止まる。

そんなとき私は、まず指を動かす。思いついた言葉をタイプして、リズムに任せて書いていくと、不思議と「芯を食った」ような一文が出てくることがある。

これもまた「体で書く」ことであり、長嶋茂雄の言う「体でやる」ことなのだと思う。

◆ まとめ:「体で覚えたものは、裏切らない」

「野球は頭でするもんじゃない。体でするもんだ!」という言葉は、勉強が得意なタイプほど胸に刺さる。
頭で理解することももちろん大切だ。しかし、頭だけで勝負に勝てるほど、野球も人生も甘くはない。

繰り返しの中で、失敗の中で、反射の中で、自分の体に宿る「信頼できる感覚」。
それこそが、長嶋茂雄が伝えたかった“真の野球力”であり、“生きる力”だったのだと、私は今、強く感じている。

—— Geshio

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